概要 :
経営幹部は AI に対して総じて前向きで、99% が今後 1 年間に AI への投資を計画しています。また、従業員も AI に関心を寄せており、76% が AI に精通したいと回答しています。にもかかわらず、今回の調査では、生成 AI の登場以降初めて、働き手の AI に対する熱が世界的に冷めつつあることがわかりました。多くの従業員が、仕事で AI をどう活用すべきかわからないと感じていることがうかがえます。
この記事では、世界各地の 1 万 7 千人以上のデスクワーカーを対象とした Slack の「Workforce Index」調査から得られたインサイトをご紹介。従業員が AI の使用を上司から隠す意外な理由や、AI ツールによって仕事の負担が増えるのではないかと不安を覚える理由、そして AI エージェントがいかに若い世代が持つノウハウを生かして、AI の職場へのインパクトを高めていくかなどを解説します。
調査でわかったこと
- 経営幹部は総じて AI に前向き : 経営幹部の 99% が今年 AI への投資を行う予定であると回答し、97% が AI を事業運営に導入することに一定の緊急性を感じている。
- 従業員は AI の活用によって、自分の時間をより有意義な活動に振り向けられるようになることを望んでいる。
- デスクワーカーは AI に関するスキルアップを強く希望 : デスクワーカーの 76% が一刻も早く AI に精通したいと考えており、その理由のトップ 2 は「業界のトレンドだから」と「個人的な目標のため」(「経営幹部からの期待に応えるため」ははるかに下位)。このことから、従業員は基本的に AI への意欲が高いことがわかる。
- 従業員および経営幹部の最優先事項はスキルアップ : 「学習・スキルアップ」は、経営幹部が業務のパフォーマンス向上のために従業員に優先してほしいと考える行動の第 1 位であり、デスクワーカーが AI の活用によって節約できた時間を振り向けたいと考える行動の第 1 位である。
- デスクワーカーの心理や実際の導入率から、AI への熱が冷めつつある最初の兆候が表れており、今後の AI との付き合い方に関する不安がうかがえる。
- デスクワーカーの半数近く(48%)は、職場の日常業務に AI を使ったことを上司に知られるのは抵抗があると回答。その主な理由は、1)AI の使用が不正行為のように感じられる、2)能力不足と判断されるおそれ、3)怠惰だという印象を与えるおそれの 3 つである。
経営幹部は、AI に対して総じて前向きです。AI によるイノベーションは依然として経営幹部にとっての最優先課題であり、政治・経済といったその他すべての外的要因より優先度が高くなっています。経営幹部の 99% が今年 AI への投資を進める予定だと回答。72% が「重要な」投資対象と位置づけ、ほぼ全員(97%)が生成 AI を事業運営に導入することに、一定の緊急性を感じています。
2023 年 9 月から 2024 年 3 月の間に、AI の導入は世界的に着実に進み、デスクワーカーの 20% だった導入率が 2024 年 3 月には 32%、すなわち全デスクワーカーの約 3 分の 1 が利用するまでに増加しました。ただ、過去 3 か月間に AI 導入率の伸びが鈍化した国もあります。例えばフランスでは、AI の使用経験があるデスクワーカーは、31% から 33% とわずか 2 ポイントの伸び、米国では 32% から 33% とわずか 1ポイントの伸びにとどまりました。
AI を取り巻く熱も冷めつつあり、世界全体で 6% 減少(47% から 41%)しています。数値が下がった主な原因は米国とフランスの動きです。米国では「AI が職場のタスク遂行に役立つことに期待している」と回答した従業員の割合が、過去 3 か月間で 9 ポイント減少(45% から 36%)し、フランスでは 12 ポイント減少(53% から41%)しました。日本と英国でも同様の傾向が見られています。
「多くの企業が現在進行形で AI 投資を進めているなか、こうした調査結果はリーダーにとってまさに警鐘となるでしょう」と Slack Workforce Lab の責任者、Christina Janzer は話します。「AI の導入は企業だけの問題ではなく、従業員の問題でもあります。AI を取り巻く熱が冷めつつあることを考えると、企業は従業員がスムーズに AI を導入できるよう支援し、それを妨げている文化的・組織的な要因に対処していく必要があります」
理由 : AI 失速の原因は?
今見られているパターンは、新しいテクノロジーの典型的な成熟度曲線とある程度一致しています。しかし今回のデータからは、それ以外にも次のような障害要因があることがわかりました。
- AI の規範についての不確実性や戸惑い
- AI はまだ期待ほどではないという印象
- 継続的かつ深刻なレベルでの、AI に関するトレーニングの不足
AI の導入を妨げている要因 : AI の規範についての不確実性や戸惑い
過去の「Workforce Index」調査では、どのような AI の使い方が会社に許可されるのかについて確信をもてない従業員が多く見られました。しかし、今回の調査で明らかになったのは、形式的な許可の有無だけが AI の導入を妨げているわけではないということです。AI の職場での使用が、社会的・職業的にどのくらいの範囲で許容されるのかについて、デスクワーカーの見解は割れています。
メッセージの作成、アイデア出しのブレインストーミング、データ分析、コード記述など、11 の一般的な業務タスクについて、デスクワーカーの半数近く(48%)は「そのなかの少なくとも 1 つのタスクに対して AI を使ったことを上司に知られるのは抵抗がある」と回答しています。
また、「自分が AI を使ったことを上司に知られるのは抵抗がある」ことについて、最も多く挙げられた理由は以下のようなものでした。
- AI の使用が不正行為のように感じられる(47%)
- 能力不足と判断されるおそれ(46%)
- 怠惰な印象を与えるおそれ(46%)
興味深いことに「企業のポリシーによって AI の使用が推奨されていない、または許可されていない」は、挙げられた理由のなかで最下位(21%)でした。
一方、こちらは当然ながら、「業務タスクに AI を使ったことを知られても構わない」とした回答者は、「AI を使ったことを知られたくない」とした回答者に比べ、業務で AI を使用した経験がある割合が 67% 高くなっています。
Janzer はこう説明します。「今回の調査では、たとえそれによってタスク遂行が迅速化・効率化するとしても、AI の使用を上司に知られたくないと思っている人が多いことが明らかになりました。企業のリーダーは、AI を導入するにあたって、『仕事を速く、効率的に片づけられるか』という実務的文脈だけでなく、『AI を使ったことを知られたら、周りの人にどう思われるか』という社会的文脈を考える必要があると認識すべきです」
💡とるべきアクション : リーダーへの指針
社会的・職業的にどのような AI の使い方が許容されるのかについて、デスクワーカーの見解が大きく割れていることをみれば、AI の活用について万能な正解がないことは明らかです。同じチーム内でも、あるタスクに AI を使用すべきかどうかについて、従業員の賛否が分かれる場合もあるでしょう。
AI チームビルディング演習 : Workforce Lab による過去の調査から、働き手に共通して見られる特徴をもとに 5 つの AI ペルソナが特定されています。AI ペルソナ演習は、チームビルディングのためのパーソナリティ診断や適正テストなどと同様に、楽しみながらさまざまな視点を引き出して、指針や期待値を明確化し、AI の活用を妨げる要因を特定することに役立ちます。役職や部門を横断した創造的なユースケースを発掘することもできます。
AI に関する情報の共有 : ほかの人がどのように AI ツールを使い、どのようなメリットを得ているかを知ることは、AI の規範を明確化するのに役立ちます。AI のユースケースの共有やトラブルシューティングを行うための Slack チャンネルを作成し、AI のニュースについて話し合ったり、AI に関する学びを共有するミーティングを開いたりすることで、チームメンバーによる AI の使用状況を可視化できます。リーダーからも、成功も試行錯誤も含めて、AI 導入の進捗や方向性を定期的に共有することで、AI 導入のマイルストーンを全員で祝ったり、利用を促進したりできるでしょう。
AI の導入を妨げている要因 : AI はまだ期待ほどではないという印象
AI ブームを牽引してきたのは、AI を活用することで業務を迅速に完了して時間を節約できることへの期待感です。では、その節約した時間は何に使われるべきなのでしょうか。
お金と違って「時間」は目に見えないリソースであり、それをよりよい目的のために配分し直すことは容易ではありません。つまり、数時間を節約できたからといって、その日の成果がそのまま向上するわけではないのです。データからは、デスクワーカーが AI の導入で可能になると期待することと、AI の使用が適している作業や実際の使われ方、AI が働き方にもたらす最終的な影響との間に、ギャップがあることがわかります。
従業員が最も期待するのは、AI の活用によって自分の時間を有意義な活動に振り向けられるようになることです。従業員は、AI は管理業務のアシストに適していると考える一方、AI によってむしろ多忙になり、日々の仕事の負担が増えるのではないかと懸念しています。
「AI によって週に数時間の仕事時間を節約できるとしたら、理想的にはその時間を何に使いたいですか?」という設問への回答は、上位から順に「業務以外の活動」「学習・スキルアップ」となりました。
一方、この設問の一部を変えた「AI によって週に数時間の仕事時間を節約できるとしたら、現実的にはその時間を何に優先的に使いますか?」という設問への回答は、上位から順に「管理タスク」「既存の主要プロジェクトへのさらなる取り組み」となりました。
さらに、「AI に最も適した一般的な業務タスクは何ですか?」という設問への回答は、上位から順に「管理タスク(87%)」「主要な業務プロジェクトの補助(80%)」「革新的または創造的な業務プロジェクト(81%)」となりました。
Janzer は次のように述べています。「従業員は、AI によって時間を節約することで、かえって仕事の負担が増えるのではないかと懸念しています。一方、リーダーは従業員がより短時間で多くの仕事をこなすことを期待しています。今回の結果は、リーダーにとっては“生産性”の意味を見直す機会に、従業員にとっては仕事の量だけでなく質も高めるきっかけになるでしょう」
💡とるべきアクション : リーダーへの指針
スキルアップの重視 : 「学習・スキルアップ」は、経営幹部が業務のパフォーマンス向上のために従業員に優先してほしいと考える行動の第 1 位となり、デスクワーカーが AI の使用で節約できた時間を振り向けたいと考える行動の第 1 位にもなっています。
リーダーにとって、この一致を生かさない手はありません。デスクワーカーは基本的に意欲が高く、学びたいと強く思っています。具体的には、大多数のデスクワーカー(76%)が一刻も早く AI に精通したいと考えており、その理由として最も多く挙げられたのは「業界のトレンドであるから」と「個人的な目標のため」の 2 つでした。
“生産性”を見直し、「同じことの繰り返し」以上の成果を : これまで AI は、おもに従業員の生産性向上をめぐる視点で語られてきました。そこには正当な理由もあります。事実、日常的に AI を使う人は全体的に高い生産性スコアを示しているからです。
一方、経営幹部がデスクワーカーに業務パフォーマンス向上のために重点的に取り組んでほしい分野の第 2 位となったのは「革新的または創造的な業務プロジェクト」で、「管理タスク」は最下位でした。リーダーは、“生産性”の意味を見直し、従業員が取り組むべき分野を明確にする必要があるでしょう。
AI の導入を妨げている要因 : 会社が許可する範囲が不明確で、トレーニングも不足
今回の「Workforce Index」調査で明らかになったのは、AI の使用に関するトレーニングを受けた人は、AI によって生産性が向上したと回答する割合が最大 19 倍も高いということです。にもかかわらず、AI に関するトレーニングの不足はいまだ解消されていません。2024 年 8 月の時点で、自分が AI に精通していると考えるデスクワーカーは、わずか 7 % です。大半のデスクワーカー(61%)は AI の使用方法に関する学習に費やした時間が 5 時間未満で、30% は、自主的な学習や試行錯誤も含め、AI に関するトレーニングを一切受けていないと回答しています。
💡とるべきアクション : リーダーへの指針
「PET = Permission、Education、Training」の実施を検討する : デスクワーカーの半数近く(45%)は、AI の使用に関して明確な許可を得ていません。AI に投資するなら、まずは「PET」計画にしたがって、AI の利用が許可される範囲(Permission)を明確に定め、従業員に対する教育(Education)とトレーニング(Training)を実施する必要があるでしょう。
トップダウン、ピアツーピア、ボトムアップの組み合わせを検討する : デスクワーカーの大半(70%)は、AI のトレーニングは従業員主導と会社主導を組み合わせて行うべきだと考えています。それを踏まえて、リーダーはトップダウン型のトレーニングに加えて、自己主導型やピアツーピア型の学習のための時間や場所を用意する必要があります。例えば、週次のチーム会議や専用の Slack チャンネルなどに従業員を招待して、AI の創造的なユースケースを共有してもらうといった方法が考えられます。
AI マイクロラーニング :「AI のトレーニングプログラムはおおがかりなものにする必要はありません」と、Workforce Lab で Director of Future of Work Programs を務める Chrissie Arnold は言います。「Slack では、1 日わずか 10 分の AI マイクロラーニングで大きな成果が出ています」
AI の未来予測 : リーダーのための 3 つのポイント
予測 : AI ネイティブ世代が AI の職場へのインパクトを先導する
データからわかること : 世界各地のデスクワーカーの 68% は、現代の平均的な新卒大学生は自社の平均的な従業員よりも AI スキルが高いと考えています。実際に、新卒のデスクワーカーは仕事経験の長いデスクワーカーと比較して、自分は AI に精通していると考える割合が 2 倍も高くなっています。また、オンラインコースの受講や独学、ピアツーピア学習といった自己主導型の学習機会を求める人の割合は、ミレニアル世代と Z 世代で最も高くなっています。
リーダーにとっての意味 : 「これはリーダーにとって、新卒従業員に学び合いの文化に加わってもらう大きなチャンスです」と Janzer は言います。「AI に精通した従業員に、AI への熱意や創造的なユースケースを共有してもらう場を用意することで、新卒従業員が輝ける機会になるとともに、従業員同士のつながりも育まれます」
予測 : AI ネイティブ世代は、AI によって社会的つながりが希薄になるリスクが最も高い
データからわかること : AI ユーザーの 81%は、友人や同僚に相談する代わりに、重要なプロジェクトに関する助言や支援を AI に求めることがたまにあると回答し、28% は頻繁にあると回答しています。この傾向は特に Z 世代とミレニアル世代のデスクワーカーで強く、「頻繁にある」と回答した割合は X 世代の 23%、ベビーブーマー世代の 13% と比較して、Z 世代では 30%、ミレニアル世代では 33% にのぼります。
リーダーにとっての意味 : 「リーダーは、AI を単なる効率化ツールとしてではなく、人間関係や協働のあり方を再考し、難題に対処しながら、質の高いカスタマーエクスペリエンスを提供するための促進剤として、いかに AI を活用できるかを考える必要があります」とSalesforce Futures の VP を務める Mick Costigan は語ります。「AI や AI エージェントがワークフローや業界を超えて拡大していくほど、人間同士のやり取りが希薄になるおそれがあります。リーダーはより意識的に、人と人とのつながりにアプローチしていく必要があるでしょう」
予測 : 求職者の間で AI に精通した雇用者を好む傾向が強まる
データからわかること : デスクワーカーの 4 人に 3 人が求職活動で考慮する要素の 1 つとして「従業員に AI ツールを提供して、その利用を促す力と先見性が雇用者側にあるかどうか」を挙げています。そして、ほぼ 5 人に 2 人が、従業員に AI ツールを提供してその利用を促すような企業で働きたいと回答しています。この傾向は新卒者ほど強く、求職活動において雇用者側の AI 推進の姿勢が「きわめて重要な要素」であるとした人の割合が、1.8 倍になっています。
リーダーにとっての意味 : 「この調査結果からわかるのは、AI 推進に消極的な企業は、優秀な人材を獲得・維持する力を損なっているということです」と、Salesforce で President 兼 Chief People Officer を務める Nathalie Scardino は言います。「AI や AI エージェントが職場で欠かせない要素になるにつれ、従業員は、イノベーションに力を入れ、競争力の維持に必要なツールを提供してくれる企業を重視するようになります。例えば Salesforce では、何千人もの従業員が毎日の仕事に Agentforce エージェントを活用しており、従業員からは、その使用体験は有意義なものであるという声が聞かれています」
この調査についてさらに詳しく知りたい方や、議論に参加したい方は、ぜひ Workforce Lab のウェビナーにご登録ください。
調査方法について
この調査は、2024 年 8 月 2 日~8 月 30 日の期間に、オーストラリア、ブラジル、カナダ、フランス、ドイツ、インド、イタリア、日本、オランダ、シンガポール、スペイン、スウェーデン、スイス、英国、米国の 17,372 人のワーカーを対象に実施されました。
調査の運営は Qualtrics 社が行い、Slack および Salesforce の従業員と顧客は対象に含まれていません。回答者はすべてデスクワーカーです。ここでのデスクワーカーとは、フルタイム(週 30 時間以上)の勤務を行い、「データを扱う仕事、情報を分析する仕事、創造的思考を伴う仕事」のいずれかに従事していると申告した人、または次のいずれかの役職についている人です : 経営幹部(社長 / パートナー、CEO、CFO など)、上級管理職(エグゼクティブ VP、シニア VP など)、中級管理職(部長 / グループマネージャー、VP など)、下級管理職(マネージャー、チームリーダーなど)、上級スタッフ(非管理職)、専門職(アナリスト、グラフィックデザイナーなど)。