新型コロナウイルスの影響で、世界的に働き方が大きく変わりつつあります。先日発表された次回ダボス会議のテーマは「グレートリセット」。これまでのやり方をオールリセットして新たな視点で働き方を再構築することが、まさに今迫られています。
Slack が 2020 年 6 月 24 日に開催したカンファレンス「Slack Workstyle Innovation Day Online」では、さまざまな先進企業から新しい働き方を実践するためのヒントがたくさん共有されました。そのクロージングセッションに登場したのが、イノベーションや組織開発、人材・リーダー育成を専門とする独立研究家・著作家・パブリックスピーカーの山口周さんです。
「ニューノーマルの時代では、働く意味ややりがいをゼロから問い直す必要がある」と語る山口さん。ありとあらゆる働き方が変わると言われているが、実際何が変わるのか。これから起こる「後戻りできない変化」とは具体的には何なのか。今回はそのポイントを、組織・マネジメント・リーダーシップの 3 つの観点からお伝えします。
仮想空間シフトで変わる組織の人材戦略
コロナ禍で働く場所がそれまでの物理空間から仮想空間へとシフトし、「週 5 日、オフィスで仕事」はもはや常識ではなくなりました。「今後は出社日数が企業を選ぶ基準に入ってくる」と山口さんが指摘するように、組織の人材戦略も大きく変わってくるようです。
哲学に基づいた一貫性のある「働かせ方」を
仮想空間シフトが起こると、企業・従業員ともに都市部にいる必然性はなくなります。そうすると今後は住む場所や仕事などの選択において「自分がどういう人生を生きたいのか」がベースになると山口さんは話します。「個人にとって有意義だと思えない仕事を提供していると、今後は採用競争で残れなくなるかもしれません」。
ここで大事なのは、「企業として『働かせ方』の哲学を持つこと」だと山口さんは指摘します。例えば「社員は家族」だと考える企業にしてみれば、コミュニティとして物理的に集まることは大事なことでしょう。それはその企業の哲学であり、1 つの価値観です。一方「仕事さえすれば、好きなところに住んで OK」という価値観もあります。
企業に求められているのは、「従業員にどういう働き方を提供したいのか」という一貫性のある提案です。企業・個人ともに多様化が進むなか、それぞれの哲学に沿って出社日数や給与などの制度をきちんと提案できると、それに合った人材を惹きつけることができるのでしょう。
従業員の学習に対して意識的に介入を
チームが同じ物理空間にいないと、若手の学習機会が大幅に減ってしまうことも組織が押さえておくべきポイントです。オフィスで仕事をしていると、役員の立ち話を聞いたり先輩の電話を聞いたりといったことを通して、従業員が「なんとなく周りから学ぶ」ことは多いもの。しかし仮想空間ではそれがほとんどなくなります。
これに対して、山口さんは「今後、組織の人間は意識的に学習に介入する必要があるし、従業員側も自分から学習していくことが求められる」と言います。仮想空間のなかに誰でも平等に情報にアクセスできオープンにコミュニケーションを取れる場を作れると、過去の経緯やリアルタイムで進んでいるやり取りから自然と「居合わせる」に近い学びを得ることができるでしょう。
チームのメンタルヘルスケアはこれまで以上に重要
さらに、従業員のメンタルヘルスも二極化していくことが考えられます。「リモートワークにおいて、孤独耐性の高い人は生産性高く楽しく働くことができる一方、孤独耐性の低い人の職場満足度は低下していくだろう」と山口さんも話します。
メンバーが孤独感を感じないようにするためには、同じ物理空間で働いていた時にあったおしゃべりやチームランチなどを仮想空間でも実現することがおすすめです。またちょっとした進捗確認をしたり気に掛け合ったりできるよう、会話ベースのコミュニケーションツールを活用してもよいでしょう。たとえ自分が積極的に会話に参加しなくても、チームが一緒に仕事をしている息づかいを感じることができます。
モチベーションを引き出し任せるマネジメントが重要に
オフィスで集まって仕事をしている時であれば、マネージャーは目の前のメンバーと気軽にコミュケーションすることで仕事をうまくまわしていました。しかし仮想空間で目の前にいないメンバーを束ねながら期日までに望むアウトプットを出してもらうためには、「これまでのやり方では相当難しくなるだろう」と山口さんは話します。
モチベーションマネジメントがチームの成果を左右
リモートチームで成果を上げるには、メンバーのモチベーションがますます重要になります。山口さんによると、実はこれまでモチベーションによって生産性が左右されることはあまりなかったといいます。「物理的空間では周りの目もあり、さぼる人はなかなかいません。しかしリモートワークになると監視の目がなくなるため、モチベーションの低い人は徹底的にさぼるようになります。人によっては自分の能力を最大限発揮せずに済ませようとするかもしれません」。
一方、メンバーのモチベーションをうまく引き出せるマネジメントだと、仮想空間でもチームのパフォーマンスを高められると山口さんは指摘します。そもそもリモートワークとは、モチベーションの高い人にとって理想的な環境。本人がおもしろいと思う仕事を渡したり、目標が高くても何とかやってみようと思わせることができれば、監視をしなくてもチームの仕事が進むのだといいます。
「これまでの、監視・圧力型のマネジメントでは部下はどんどんさぼってしまうでしょう。モチベーションマネジメントがチームのパフォーマンスを左右するのです」。
期待値を伝えて任せるマネジメントで成果が上がる
また、「メンバーのスキルを正しく把握し、業務に必要な時間を正確に見積もる力も重要になる」と山口さんは指摘します。
「スケジュールをきちんと管理し、いつ・どんな成果物を求めているのか期待値を伝えて任せるマネジメントだと、チームの生産性やパフォーマンスは上がります。一方、こうしたマネジメントができない場合はチームとして崩壊することになるでしょう」。
離れているからこそ期待する内容や情報を文字ベースで明確に伝えること、また仮想空間にオフィスのような場所を作り、つながるしくみを整えること。この 2 つがこれからのチームマネジメントにとって大事になると言えるでしょう。
正しく意思決定し、方向性を示すリーダーシップを
仮想空間ではリーダーに求められるものも変わります。ここで山口さんが挙げるのは、「意思決定」と「理念やミッション」の 2 つです。
空気に惑わされず意思決定できる力が重要に
これまで日本の組織では役員の顔色を窺って意思決定がなされることがありました。しかし仮想空間では微妙な表情などが読めなくなるので、空気の影響を除く方向になると考えられるといいます。「日本の組織の場合、その方が意思決定クオリティが上がるでしょう」。
当然、空気を読んで調整することを「強み」としていた人は活躍できなくなります。山口さんは「今後は、企業・顧客にとって正しい意思決定は何かを全力で考えられるリーダーが組織にとって重要になっていくだろう」と言います。またメンバーにおいても、今後は本当に意味のある意見を出せること、そこから知的成果物を出せることの価値が高くなっていくでしょう。
企業の理念やミッションがますます重要に
もう 1 つ今後のリーダーが重視すべきなのが「方向性を示すこと」。これまでの企業選びやエンゲージメント向上においては、「人が好き」「場所が好き」という物理的な要素が重視されてきました。しかし、今後はその要素は大きく減り、職務そのものや企業が成し遂げたいビジョン、理念がますます重視されていくと予想されます。「これまで人や場所などの物理的要素で人を惹きつけていた企業は、今後採用競争力や社員をつなぎ止める力が弱くなっていくでしょう」。
これからの時代は、「企業としての方向性をきちんと示し、どれだけ仕事の意義を示せるか」が組織にとって重要になります。そのためには、チームが離れていても経営層と気軽にコミュニケーションできる環境や、仕事の全体像が見えるオープンなしくみの活用が欠かせないと言えそうです。
ニューノーマルとは「ノーマルがない」こと
少し前から「ニューノーマル」という言葉が生まれ、「今までの当たり前は当たり前でなくなる」ということを多くの人々が受け止めつつあります。
ただ山口さんは「何か新しい当たり前が登場するわけではない」と指摘します。1 つの大きな当たり前にみんなが合わせに行くのではなく、これからは誰もがそれぞれ自分に合った選択をする時代になるのです。これは組織・リーダーシップ・マネジメントに言えることだと山口さんは話します。
この原則を頭に入れ、紹介した視点で変化に柔軟に対応できることが、ニューノーマル時代の企業に求められていると言えるでしょう。