メールからの大刷新!三重県庁、自治体初の Slack 全庁導入でDXを推進

「意思決定の速度と精度が格段に向上しました。短時間の報告だけだと十分に把握できないような経緯が Slack では可視化され、わからなければ自分で調べて理解できるからです」

Mie総務部 デジタル推進局 デジタル改革推進課長庄山 徹 氏

三重県は2021年度から、「県民サービスが変わる」「仕事の進め方が変わる」「職員の働き方が変わる」の3つを目指す姿として、「県庁DX」を推進しています。デジタル改革推進課を中心とするその先進的な取り組みは、行政手続のデジタル化や業務の生産性向上、DX人材の育成、県内29市町のDX化支援など多岐にわたります。

その中でも特に、自治体では全国初の試みとして注目を集めているのが、2023年度にスタートした Slack の全庁導入です。この施策は、既存のオンプレミスのグループウェアをクラウドサービスに刷新するなど、県庁の業務システムや職員のコミュニケーション基盤の大規模な整備の一環として行われました。三重県は、いかなる理由と経緯で Slack の導入に踏み切り、どのように活用して成果を挙げているのでしょうか。推進役を担った総務部 デジタル推進局の庄山徹さん、長井新さん、武田朱羽さんにお話をうかがいました。

 

コロナ禍を機にコミュニケーションのデジタル移行を決断

三重県において、Slack 導入の大きなきっかけとなったのは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大です。当時、あらゆる自治体や企業がそうであったように、三重県も感染拡大防止への早急な対応を迫られました。対面での会議や担当者同士の直接会話など、行政の業務の多くを占めていたアナログのコミュニケーションを一刻も早くデジタルへ切り替え、職員同士の接触を最小限に抑えなければならない。そうした切迫した状況の中で Slack の導入案が浮上した、とデジタル改革推進課長の庄山徹さんはいいます。

そこで三重県は2021年8月、まずは庄山さんら職員約50名の所属するデジタル社会推進局(現デジタル推進局)に Slack を試験的に導入。約9割の在宅勤務率を維持しつつ、従来と遜色なく業務を遂行できたことから、試行範囲を約60の他の部局へ拡大しました。そうした実証実験で手応えを得た三重県は、競争入札を経て Slack の導入が決まったのです。同課デジタル県庁推進班 主査の武田朱羽さんは、Slackの導入についてこう話します。

「既存グループウェアなどの庁内ツールの刷新に関する入札の際に、Slack導入の提案をいただきました。企業での導入実績が豊富ですし、また実証実験でも多機能で使いやすく、将来的にBYOD(個人保有のモバイル端末を業務で使う利用形態)でもセキュリティ対策をとりながら全庁で利用できそうだと感じました」(武田さん)

利用定着を促す各種施策と明確な運用ルールで全庁導入を推進

デジタル改革推進課では、庁内の推進役として Slack を積極的に使っていこうという雰囲気の中、スムーズに活用が進んだものの、全庁への展開となると簡単にはいきませんでした。そこでデジタル改革推進課は、全職員を対象にオンライン・オフラインの両方で、参加者が実際に手を動かす操作研修を実施。また、利用促進の一環として、まずはデジタル改革推進課が属する総務部内各課の課長に対し、総務部全職員が参加するオープンチャンネルに率先して投稿するよう働きかけ、それに対する総務部内各所属のリアクション数のランキングを公表するなどの活用推進キャンペーンを行いました。そうした取り組みや工夫により、Slack へ投稿することに対する職員の心理的ハードルを下げ、自然に使い慣れていくよう促しました。

一方でデジタル改革推進課は、Slack 利用の足並みを全庁で揃えるため、導入目的や運用ルールを明確化し、徹底することにも心を配りました。まず、ワークスペースについては、当初は部局や課ごとに作ることを検討したものの、最終的には全職員が1つのワークスペースに参加することを決定。その意図について、同課情報基盤班 主幹の長井新さんはこう説明します。

 

 

「複数のワークスペースがあると、単に管理が複雑になるだけでなく、『三重県』という1つの組織というより、分断されたクローズドな組織の集まりになってしまう気がしました。オープンコミュニケーションは Slack の大事な考え方の1つですから、やはり全庁で1つのワークスペースを作って皆で情報共有するという、“開かれた組織”を目指すべきだと考えました」(長井さん)

さらに推進チームは、各チャンネルがどの部局に属しているかをひと目で把握できるようにチャンネルの命名規則を定める、プライベートチャンネルの作成を申請方式にするなど、チャンネルの煩雑化や乱立を防ぐための運用ルールを設定。また、行政ならではのルールとして、Slack 上でやり取りしたメッセージの公文書としての取り扱いについても整理しました。

“縦と横のコミュニケーション”を迅速化・円滑化

2023年7月、全庁での利用が開始された Slack は、三重県の業務に大きく2つの変革をもたらしました。1つは、従来のコミュニケーションの方法を Slack に置き換えたことによる、いわゆる“縦と横のコミュニケーション”の迅速化・円滑化です。

まずは“縦”、すなわち役職者と一般職員間のコミュニケーションは、これまで直接の会話や電話のほか、手書きのメモやメールのやり取りで行われていました。たとえば、会議の情報を共有する場合、出席した役職者が配布資料にメモ書きし、それを部局内で回覧するという、手間のかかる方法を採っていました。となると、在宅勤務・出張中の職員で回覧が滞って情報の伝達が遅れたり、最後の職員に回るころにはすでに情報が古くなっていたりするなどの問題が発生しかねません。

「Slack のチャンネルにそうした情報を投稿すれば、縦の情報伝達をはるかに迅速に行うことができます。また、メールでのやり取りは、多少なりともわずらわしさや心理的ハードルを感じるものですが、Slack なら形式張ることなく簡単に、極端にいえば絵文字1つでも意思を伝えられるので、そうしたことをまったく感じません」

三重県庁総務部 デジタル推進局 デジタル改革推進課長庄山 徹 氏

 

同時に Slack は、情報の可視化による縦の連携・管理の強化にも貢献しています。チャンネルにおけるやり取りはオープンな情報なので、担当者だけでなく、その上司も随時確認できます。庄山さんは、管理側からすると、従来のようにいちいち部下から報告を受けなくても、プロジェクトの進捗状況を把握し、問題があればすぐにブレーキをかけるなどのマネジメントができて安心だ、と話します。他方、一般職員側にも同様の心強さがある、と長井さんはいいます。

「たとえば、担当者同士でなにかを決めるにしても、その過程を常に上司が見てくれているので、自分たちだけで進めているわけではない、という安心感があります。また、検討過程が可視化されて関係者が把握しているので、指示や決裁を仰ぐときにもすぐに話が通じ、意思決定が早くなりました」

三重県庁総務部 デジタル推進局 デジタル改革推進課 情報基盤班 主幹長井 新 氏

一方の“横”、すなわち部局間のコミュニケーションにおいても、Slack は威力を発揮しています。複数の部局でプロジェクトを進める場合、従来は各部局で話し合った結果を、担当者同士の打ち合わせやメールのCcで共有したり、電話で伝え合ったりしていました。当然、担当者が不在で話が進まないなど、進行のスピードに難があった、と武田さんは振り返ります。

「今はプロジェクト専用のチャンネルを作り、関係者全員が入って相談ごとや意見を投稿しています。わざわざ伝達する手間がなくなったのはもちろん、自分の言葉で簡単に説明・補足できたり、意見への賛否などを絵文字で簡単に示せたりするので、プロジェクト進行が格段に迅速化しました」

三重県庁総務部 デジタル推進局 デジタル改革推進課 デジタル県庁推進班 主査武田 朱羽 氏

定型業務と引き継ぎ作業の効率化

“縦と横のコミュニケーション”と並んでもう1つ、Slack によって大幅に改善されたのが、ワークフローの活用による定型業務の効率です。その一例が、電話メモの共有作業。行政の業務では、内部・外部からの電話を受けて担当者に取り次ぎ、不在の場合には電話内容のメモを作成して席まで届ける、という作業が非常に多く発生します。また、メモを紛失する、探すのに手間取るといったこともあり得ます。

そこで、部局のDX推進をけん引する役割を担うDX推進スペシャリストが、電話メモを簡単に共有できるワークフローを作成。作成者の所属内で実証的に利用を推進し、職員の業務負担となっていた作業を効率化するとともに、その利用を通じて Slack の活用促進を図りました。

 

 

「このワークフローは有用性を評価され、県職員が日々実践している改善・改革の取り組みを表彰・発表する県庁内のアワードで2023年に創設された『Slack 活用部門賞』を受賞しました。全所属で共通した事務であることから、全職員が使えるよう、簡単な利用方法を Slack canvas で共有したところ、このワークフローなら皆が使うだろうと予想していた通り、職員が Slack を使い始めるきっかけとしても機能しています」(武田さん)

そうした Slack を利用したワークフローは日々追加作成され、職員の業務遂行を助けています。たとえば、幹部職員の予定を申請・管理するワークフロー。以前は、担当者が幹部職員の予定を聞いて手書きのメモを作成し、それを秘書が表に入力する、という煩雑な作業が発生していました。それが Slack でワークフロー化され、入力項目を選択するだけで完了するようになっています。

Slack はまた、引き継ぎ作業を効率化するツールとしても役立っています。これまで各業務がどんな手順で進められていたか、各プロジェクトが関係者間のどんなやり取りを経て現在に至るのか。従来はそうしたノウハウを伝えるには、資料を作成する、口頭で直接伝えるなど、手間と時間のかかる方法をとらざるを得ませんでした。長井さんは、Slack をそれらの情報の蓄積されたナレッジベースとして活用することで、引き継ぎの効率と精度が大幅に向上した、と話します。

「 Slack には、過去の会話がすべて残っていて、かつ非常に優秀な検索機能が備わっています。チャンネル内をキーワード検索するだけで、誰と誰の間でどういう会話があり、どんな経緯で進められたか、という当時の担当でないと分からない情報を簡単に、迅速に収集できます。もちろん、メールでも検索は可能で、以前は私も行っていましたが、余分な情報が多すぎて、知りたい情報にたどり着くのにものすごく時間がかかっていました」(長井さん)

武田さんも同様に、Slack は人事異動時や業務上の課題に直面したときに参照するナレッジベースとしてきわめて有用だ、と指摘します。

「 以前同じ業務でどういうところに悩み、どんな手順で進めたか、という過去の経験を振り返り、課題解決に活かせるようになりました。そういう情報を資料として改めて文字にするのは難しいですし、前任者に聞いてもはっきり覚えているとは限らないので、とても助かっています」

三重県庁総務部 デジタル推進局 デジタル改革推進課 デジタル県庁推進班 主査武田 朱羽 氏

 

そのような、三重県における“縦と横のコミュニケーション”の迅速化・円滑化とワークフロー活用による業務効率化は、定量的にも大きな効果を生み出しています。デジタル改革推進課では、メールの利用は少なくなり、職員によっては毎朝1時間程度を要していたメールチェックの時間を削減できました。また、電話メモの共有に関しても、フォームで必要事項を選んで入力するだけで済み、圧倒的な省力化を実現しています。

「事業の進捗状況の把握に関しても、コミュニケーションの円滑化によって格段に速度が上がると同時に、精度が向上しました。短時間の報告だけだと十分に把握できないような経緯が Slack では可視化され、わからなければ自分で調べて理解できるからです」

三重県庁総務部 デジタル推進局 デジタル改革推進課長庄山 徹 氏

「ナレッジの共有という点でも、Slack には大いに助けられています。ヘルプのチャンネルには、Slack の使い方に関する疑問や回答がどんどん投稿・蓄積されているので、以前なら私の所属する情報基盤班に直接、1日に何十回もかかってきたような問い合わせの電話が少なくなりました」(長井さん)

導入成功の秘訣は“スモールスタート”と“トライアンドエラー”

庄山さんは、今後の展開の1つとして、導入当初から考えていたBYODを2024年度中に実現したいと述べ、こうつけ加えました。

 「BYODでSlackを使えるようになれば、すごく便利になる反面、業務時間外にも通知が来てしまうという、ライフワークバランスの問題があるため、ルールで時間外の投稿は控えるように定めています。幸い Slack には時間指定機能があるので、私はすでに使っていますし、働き方改革という観点で活用していきたいと考えています」(庄山さん)

Slack の全庁導入から約1年で、大きな成果を挙げた三重県。自治体初の取り組みを成功へ導いたポイントについて、武田さんは改めてこう話します。

「企業も同じだと思いますが、特に行政では、導入によってどれだけの効果を見込めるかを最初に説明しなければ、そもそも許可が下りません。そのため私たちは、まず担当部局のみでスモールスタートし、思っていたほどの成果が出なくても自分たちの手間がかかっただけだからよしとする、という心構えで臨みました。そのように、範囲の小さいところからまずはやってみたことが、成功の要因になったと思います」(武田さん)