「オープンでフラットな文化」を醸成し急成長した SmartHR の Slack 活用術

「私を含め営業の多くは、仕事を始めるときにまずは Slack を確認します。営業にとっては Slack がフロントシステムであり、“オンライン上の会社”のような存在と感じています」

SmartHR執行役員・VP of Sales中尾 友樹 氏

株式会社SmartHR は、クラウド人事労務ソフトとしてトップシェアを誇る「SmartHR」の開発・販売で知られる IT 企業です。同社が、非対面のコミュニケーションを余儀なくされたコロナ禍にあっても社員数を 3 倍以上に増やし、むしろ成長を加速させられたのは、円滑かつ迅速なコミュニケーションと意思決定を可能にする「オープンでフラットな文化」があったからでした。そしてその文化は、創業初期から全社で使い続けてきた Slack によって形作られたといいます。執行役員・VP of Salesの中尾 友樹さんに、同社における Slack の活用法や成果などについて伺いました。

Slack で醸成された「オープンでフラットな文化」が急成長の基盤に

株式会社SmartHR は、登録社数 5 万社以上、日本全国、さまざまな業界の企業に利用されているクラウド人事労務ソフト「SmartHR」の企画・開発・運営・販売を事業の主軸とする企業です。2015 年のサービスリリースから順調にビジネスを拡大してきた同社ですが、その成長スピードは、多くの企業がかつてない苦境に立たされたコロナ禍にあっても、ペーパーレス化・DX のニーズの高まりを受けてむしろ加速。労務管理クラウド 4 年連続シェア No.1(※)に輝いています。※デロイト トーマツ ミック経済研究所「HRTechクラウド市場の実態と展望 2021年度」 労務管理クラウド市場シェア

それに伴い、同社の企業規模も急速に拡大しました。最初の緊急事態宣言発令直前の 2020 年時点で 322 名ほどだった社員は、2022 年 11 月時点で 727 名まで増加。中でも特筆すべきは営業職の社員数の伸び率で、同時期に 32 名から 122 名、実に約 3.8 倍となっています。

一般的にいえば、コロナ禍によってコミュニケーションの主軸を非対面の方式へ移さなければならなくなったことは、企業の運営や成長を阻害する要因となりかねません。特に同社のように、営業職の新人が続々と入社する中、オンボーディングや顧客・パートナーとのやり取りなど、対面でなければなかなか伝えにくい領域をオンラインやテキストベースに切り替えるのは、大きな困難を伴います。

ところが同社は、そんな高いハードルをものともせず、順調にビジネスを拡大し、それまで以上の速度で成長することができたのです。なぜ同社には、そのようなことが可能だったのでしょうか?

その問いに対して、中尾さんはこう即答します。「それは間違いなく、創業初期から当たり前のように全社で利用してきた Slack が、オープンでフラットな文化を自社に根づかせていたからです。Slack があるからこそ、フランクに誰にでも話しかけて意見を伝えられる。『一対多』のコミュニケーションで皆の意見をしっかり受け止められる。課題解決やナレッジ収集の時間を短縮できる。オフラインの代替手段ではなく、オフラインでできないこともできる Slack というサービスが、当社の成長を支えてきたのです」

「フランクに誰にでも話しかけることができ、『一対多』のコミュニケーションで皆の意見をしっかり受け止められる。オフラインの代替手段ではなく、オフラインでできないこともできる Slack というサービスが、当社の成長を支えてきたのです」

株式会社SmartHR執行役員・VP of Sales中尾 友樹 氏

1 万種類のカスタム絵文字でコミュニケーションを円滑化

では、同社の成長の基盤になったという「オープンでフラットな文化」は、Slack をどのように利用することで醸成されたのでしょうか。中尾さんは、社内での Slack の基本的な使い方と位置づけについてこう説明します。

「まず、社内では社員同士が Slack 上でもオフラインでも Slack ネームで呼び合っています。例えば私の Slack ネームは、あるゲームのキャラクター名と同じです。多くの社員は、私を『執行役員である中尾友樹』ではなく、全然偉そうに見えない『その Slack ネームの人』と認識しています。それに対して私も、営業責任者という立場の人間ではなく、一個人として発言します。全社員がそういう姿勢で Slack を利用しているので、新入社員でも同じ仲間として気軽に話しかけ、『人対人』のコミュニケーションを取ることができるのです」

Slack をさらに話しやすい場にするために活用しているのがカスタム絵文字です。同社には、社員によって自由に作成された 1 万種類以上ものカスタム絵文字があります。それを皆が頻繁に利用することによって、失注やミスを報告するときに萎縮してしまう、上席に相談するときにかしこまってしまう、というようなことがなくなり、血の通った円滑なテキストコミュニケーションを取れるのだと中尾さんは言います。

「よく使われているカスタム絵文字は『ありがたう〜』です。感謝の気持ちを示すとき、たとえ相手が CEO でも、皆当たり前のように使います。Slack では普段から、そういうフランクなやり取りがなされています」

その様子を見れば、入社したばかりの社員でも、会社の文化を瞬時に理解でき、初対面でもハードルを感じずに、いろいろな社員とコミュニケーションできます。もちろん、なんの意識や工夫もせずに、Slack をそのようなオープンでフラットな場として保てているわけではありません。

「実は新入社員が一気に増えたタイミングで、『ありがとうございます』という絵文字が 5 種類ぐらい作成されたことがありました。おそらく『ありがたう〜』のようなコミュニケーションを取ることに対する心理的なハードルがあるのだろう、と感じました。それが進んでいけば、いずれ言いたいことが言いにくい、皆の本当の意見を把握できないような状況が生まれるのではないかと、経営会議でも話題にまでなりました」

議論の末、社員のそうした行動は受け入れつつ、Slack をもっとフランクに使ってもらえるよう、経営陣が率先して「ありがたう〜」を使うなどして働きかけていこう、ということになったそうです。そのように同社では、Slack をオープンでフラットな場として保つことに常に気を配っています。

チャンネルの活用で意見収集・合意形成の時間を飛躍的に短縮

そうした努力もあって、Slack は意見収集や合意形成を行う場としてきわめて有効に機能しています。対面のコミュニケーションでは、ある人が出したアイデアに対して、自分の意見を言って良いかわからない、よく理解できないといった理由で、結局発言できなかったり、一旦合意したのに話を戻してしまったりするケースはよくあります。しかし、Slack ではそういうことが起こりにくい、と中尾さんは言います。

「Slack なら、『自分の考えとは少し違う』『ちょっとよくわからない』といった微妙なニュアンスを、絵文字で簡単に伝えることができます。そのため、最初にアイデアを出した人はそのリアクションをみて短時間で生じているズレを認識することができ、必要に応じて詳細を補足したり、意見やコメントを収集することができます。

もちろん、それでもテキストコミュニケーションだけではニュアンスを伝えにくいケースもあります。そういう場合には、Slack の音声・ビデオ通話機能であるハドルミーティングなども併用しているそうです。

一方、テキストコミュニケーションにおいて絵文字と同様にフル活用されているのがパブリックチャンネルです。同社には、社員によって立ち上げられた 1,000 以上ものパブリックチャンネルが存在し、業務外のことを含め、さまざまなやり取りをしています。たとえばアイデアやポエムを投稿できるチャンネルでは、日頃の業務や顧客との何気ないやり取りを通じて抱いた疑問や着想を徒然なるままに投稿できるのだそうです。

「『このお客様に対し、こういうことはできないのかな?』という投稿があったとします。すると誰かが、『過去にもその話があって、こういう理由でできなかったけど、今ならできるかも』と意見を出したり、そのやり取りを見た役員が必要な人材を召喚したりするなど、アイデアの実現に向けてさまざまなことが即座に動き出すのです」

同社ではあらゆることをトップダウンではなく複雑な合議制で決めていくため、もともと合意形成の難易度が非常に高かった、と中尾さんはいいます。しかし、チャンネルを活用することで合意形成を瞬間的に行えるようになり、アクションまでの時間を飛躍的に短縮できたそうです。

同社のパブリックチャンネルの使い方は、自社のバリューの 1 つとして掲げる「早いほうがカッコイイ」をまさに体現するものです。一例を挙げると、ほぼ全社員が参加しているセールスのチャンネルに、ある新入社員が「お客様とのやり取りでこういう課題が出てきて解決策を考えているのですが、参考になりそうな同様の事例を知りませんか?」と投稿しました。それに対して、わずか 3 時間で 10 件近い参考事例が投稿されたのです。

「お客様先でなにかを聞かれて答えられないとき、『ちょっと確認します』といって Slack に投稿するとすぐに反応があって、その場で回答できることもあります。そうしたことはオフラインでは実現不可能で、まさしく『一対多』のコミュニケーション機能を持つ Slack ならではの魅力だと感じています」

「カスタム絵文字やチャンネルの活用で細かいニュアンスが伝えやすくなったことで、コミュニケーションが円滑化し、意見の収集・合意形成の時間短縮が飛躍的に向上しました」

株式会社SmartHR執行役員・VP of Sales中尾 友樹 氏

Slack と Salesforce、各種システム・ツールの連携で大幅な業務効率化を実現

さらに同社では、Slack を各種システム・ツールと連携させることで、さまざまな業務を効率化しています。中でも営業職にとって効率化をはかれているのが、Salesforce との連携です。同社では、マーケティング・インサイドセールス・フィールドセールス・カスタマーサクセスといった部門ごとの分業を行うビジネスプロセスを採用し、Salesforce で顧客や案件の進捗状況等の情報を共有・管理しています。そして、その効率を高めるために Slack も活用しています。商談のフェーズや確度、完了予定日など、各案件の指定情報のステータスが変更されると、その情報が Slack の特定のチャンネルに自動的に投稿される仕組みになっているのです。

「そのチャンネルさえ見れば、お客様や商談の動向をキャッチアップできるので、仕事を始めるときにまずは Slack を確認します。営業にとっては Slack がフロントシステムであり、“オンライン上の会社”のような存在になっているのです」

ワークフローや経費精算、勤怠管理などのシステムとの連携も、業務の効率化に大きく貢献しています。たとえば Slack から出張を申請すると、Slack 上で承認者に自動通知され、承認者側でボタンを押すだけで手続きが完了します。その他の申請・承認業務においても同様です。また、Slack のリンクへ飛べば出張の目的等を確認できるため、同行すべき他部署の社員の手配などの連携をスムーズに行えます。

「承認印をもらう業務などは、前職などでは早くて 1 日、遅いと 2 日ぐらいかかっていましたが、今では早いと 5 分で完了することもあります。そのスピード感に慣れてしまって、もう元には戻れません」

経費精算に関しても、社内交際費など一部のものについては、Slack で簡単に実行できます。メンションをつけて申請すると bot が発動し、経費精算システムに投稿されて完了する仕組みになっているからです。

「飲み会の精算を手軽にできるので、結果として社員・部署間の交流が活性化され、非常に仕事をしやすい環境が生み出されています。さらに、Slack は勤怠管理システムとも連携しているので、出退勤や休憩等の申請を簡単に行えます。そうした各種システムとの連携によって、関連する業務の効率は体感で 1.5 倍ぐらいになりました」

一方、社外のツールと Slack の連携も進んでいます。そのひとつが Twitter。同社のサービスに関するツイートは、Slack の指定チャンネルに自動的に投稿されます。そこで例えばユーザーの本音を把握して営業全体で共有し、営業時の提案やトークに活かすこともできるのです。

「ワークフローや経費精算、勤怠管理など各種システムとの連携によって、関連する業務の効率は体感で 1.5 倍ぐらいになりました。そのスピード感に慣れてしまうと、もう元には戻れません」

株式会社SmartHR執行役員・VP of Sales中尾 友樹 氏

Slack 活用の秘訣は「自分たちの大切にしていることをいかに表現するか」

創業時から Slack をフル活用して「オープンでフラットな文化」を築き上げ、さまざまな業務を改善し、成長を続けてきた同社。中尾さんは言います。

「オフラインだと肩書や立場が邪魔をしてなかなか言えないことでも、Slack ならしっかりフラットに伝えることができる。短い時間で情報をキャッチアップし、本質に触れることができる。Slack の最大の魅力であるその部分が、当社の成長の起爆剤になっているのは間違いありません」

もちろん、Slack を導入したからといって、コミュニケーションの課題を自動的に解決できるわけではありません。大事なのは会社の取り組み方である、と中尾さんは言います。

「先述のとおり、私たちにとって Slack は“オンライン上の会社”であり、この中であらゆることが起きているすばらしいツールです。でも、もし Slack を事務連絡だけを行うツールとして使っていたとしたら、月曜に仕事へ行きたくない心理と同じように、開くことすら億劫になったかもしれません。だから重要なのは、このツールの中で自分たちの大切にしていることをいかに表現していくかだと思います。当社の場合、正しい情報を集約・共有する場を作りたいと考えて Slack を活用し、オープンなコミュニケーションを促進することで、結果として仕事がうまく回るようになったと考えています」

ツールとそれを使う人が車の両輪となって 1 つの目標を目指すことで、はじめて本当の成果を出すことができる。同社の Slack 活用事例は、あらためてその基本に立ち返らせてくれました。