Slack を活用した KADOKAWA の組織コミュニケーション基盤 DX

1945 年に創業した角川書店の流れを組む総合エンターテイメント企業 KADOKAWA。 書籍、映像、ゲーム、Web サービスとさまざまな事業を展開する同社では、現在さらなる進化に向けてユーザー、製造・流通、組織コミュニケーションの 3 つの基盤で DX を進めています。このうち組織コミュニケーション基盤の DX で目指すのは、経営のスピードアップ。その実現に向けて、まずはグループの一部で Slack を導入しました。

Slack 導入と定着を段階的に進めているのは、グループ全体への ICT サービスを提供する KADOKAWA Connected です。同社でカスタマーサクセス部長を務める菊本洋司さんによると、Slack 導入により経営層の意思決定スピードが改善するなどの効果がさっそく出ているそうです。今回は菊本さんに、Slack 導入にあたって実施した同社ならではの工夫と導入の効果を伺いました。

Slack 活用で重版スピードが 5 倍に

2019 年秋、吉野彰氏がノーベル化学賞を受賞しました。この時、吉野氏が化学に興味を持った原点として挙げたのが角川文庫からも刊行されている『ロウソクの科学』(ファラデー著)です。そこで KADOKAWA では同書の緊急重版を決定。ここで DX の効果が出たのです。

菊本さんは当時を振り返り、「ノーベル賞受賞の発表が 10 月 9 日の夜だったのですが、翌日朝には 本社のフリーアドレスエリアと Slack 上で対応本部が設置され、生産、物流、書店担当者など 100 人以上の関係者が迅速にやり取りを行いました。そうして昼には製造準備に入ることができたのです」と語ります。案の定、書店注文が殺到しましたが、すでに生産から物流整備の改革を進めていたこともあり、重版をスムーズに実施できたそうです。

その結果、通常なら 10 営業日を要する注文から製造出荷までのプロセスを、わずか 2 営業日まで短縮。実に 5 倍のスピードです。菊本さんは、「『Slack によるコミュニケーションの最適化』と『リアルな業務のデジタル化』を組み合わせることができたからこそ成功したのだと思います」と分析します。

このように Slack を効果的に活用している KADOKAWA ですが、その定着までにどんな取り組みをしてきたのでしょうか?

利用シーンの想定と丁寧なサポートで定着を推進

Slack 導入を決めた時に菊本さんらチームが力を入れたのは、「使う場面を具体的に洗い出すこと」でした。Slack とこれまで使ってきたツールのすみ分けを明確にする目的で、コミュニケーションを「重要度」と「緊急度」の 2 軸の高低で 4 つに分類し、それぞれのケースに対して最適なツールを当てはめていったのです。例えば、それまで重要度も緊急度も高いケースで使われていたのは電話と口頭でしたが、今後はそれが Slack のメンションと電話になる、などと定義していきました。

「ちょっとしたやり取りをするだけのチャットツールとして使うのではなく、Slack での情報共有を通してチームのナレッジが蓄積できるようになりました。また、メンション機能を活用し、メッセージの受け手に対して明確なアクションを求めるようになったことで、根本的なコミュニケーションの再設計にもつながりました。新しいツールを導入する際、将来ありたい姿をイメージするアプローチはおすすめです」と、菊本さんは振り返ります。

導入後、Slack を実際に社内で利用してもらうにあたっても、KADOKAWA ならではの工夫がありました。菊本さんは、一般的に DX がうまくいかない理由は「利用者の視点で徹底的に支援できていないから」だと考えています。そこで同社では Slack 定着のための「カスタマーサクセス」チームを設けることにしました。通常、カスタマーサクセスチームはベンダーが顧客の成功をサポートするために設けるものですが、これを社内に作ることで、Slack を使うメンバーの役割や業務を理解してその利用をサポートできると考えたのです。「DX を進めるうえでは、エンジニアとビジネスの間の大きな谷に橋をかけることが鍵になるでしょう」。

もう 1 つ、KADOKAWA ならではの取り組みとして、菊本さんはマンガの活用を挙げます。これは社内ユーザーからの問い合わせが多い内容をわかりやすく親しみを込めて説明するための取り組みで、マンガ家と構想を練って作る本格的なものだそうです。なかには代表取締役社長の松原眞樹氏が登場するものもあるとか。「シンプルに物事を伝えるにあたって、マンガは効果が高い」と菊本さんは話します。

© KADOKAWA Connected Inc.

経営層の意思決定速度が UP、社内コミュニケーション量は 3 倍に

このように丁寧に導入と定着化を進めたことが功を奏し、組織コミュニケーション基盤 DX の効果はしっかりと出ているようです。

まず、狙い通り経営層の意思決定スピードが向上しました。菊本さんによると、「体感で倍速になった」という声もあるそうです。

さらに、社内のコミュニケーションも増加しました。メールを使っていた時と比べると「1 人あたりの発信件数は約 3 倍」とのこと。また量が増えただけではなく、Slack はオープンな情報連携も促進しているようです。「開始当初と比較すると、ダイレクトメッセージの使用は減り、チャンネルでのオープンなコミュニケーションに移行していることがわかりました」と菊本さんは話します。

Slack 導入は目標ではなく、業務プロセス改善のテコに

Slack 導入によるコミュニケーション基盤 DX に手ごたえを感じた菊本さんらは、まだ導入が終わっていないグループ企業にも今後 Slack を展開していく計画です。また、Slack の導入と利用促進の取り組みを通じて得た知見を、DX アドバイザリサービスとして社外に提供するという新規事業にもつなげています。

自社の DX を振り返り、コミュニケーション改革から着手することは、「着手が容易で効果が大きい」と菊本さん。「Slack 導入が目的ではなく、Slack 導入をテコに、業務プロセスの改善に取り組むことが DX のベストプラクティスだと思います」とまとめました.